おはようございます
武ノ風 山下です
朝から
ゴボウ天うどんを頂きました
今日のタイトル「人間関係」??ですが
ていう僕もまだまだ偉そうに言える人間では
ないですが
今まで経験したり、学んできた範囲で綴ってみようかと思います
振り返ると「人間関係」というものについて
まだ自分が幼い頃は
「みんな自分と同じ気持ちなはず!!」
と錯覚していました
それが年齢を重ねるごとに
「あれっ??自分はこの考えが素晴らしいと思ってるのに、みんなそれを良しと思わないぞ!?」
みたいなこと体験していくうちに
「人間関係」の大前提である
自分と他人(家族、恋人も含め)は
全く別の人間なんだ!!ということを
身に染みて、知っていく
これが「人間関係」の大前提だと思います
それを踏まえた上で
じゃあ「人間関係」ってなんなのよ?ってとこで
悩まれる方がいらっしゃると思うのですが
「他人に違和感を感じさせない!!」
言ってしまえばこれに尽きるだろうと思います
ですが「違和感」ってなによ??って皆さんなると思います
「違和感」とは
分かりやすいとこで言うと「敵対心」「殺意」というものから
「自分の妄想」「自己主張」「自己顕示欲」
僕も含め皆さんがやりがちな
「思いやりという押し付け」「余計なお世話」
などが分かりやすいとこかなと思います
これらに共通するのは
「自分がこうしたい、ああしたい」
「自分が良く見られたい」
という「我」だけの状態のことです
何年も前に
武道仲間のダンスの先生の依頼で
ダンスのステージに上がったことがあるのですが
その時、ゲネ(通しリハーサル)を
最初から最後まで見ていた時のことです
色んなグループが十数組プロからアマチュアまで
ダンス、芝居、大道芸、様々な演目を披露していました
皆さんよく練習されてて
しっかりステージングされてたのですが
僕は正直
「上手やけど、全然つまんねーな」と
心の中で思っていました
そして、最後のほうの演目で
3歳から5歳くらいの子供たち十人くらいで
ライオンキングのようなダンスが始まりました
なんとなく見てるうちに
見ているこっちがなんだかワクワクしてきて
「おぉー!なんかこれ目が離せねーぞ!!」
となってきました
この子供グループを見てると
正直、そんなに練習してる感じではなく
おそらく、ギリギリでやってたように思えたのですが
子供たちがとにかく、本当に一生懸命に全力でダンスをしている姿に
上手い下手ではなく
子供たちの一挙手、一投足に
目を奪われる状態に陥りました
「しっかり練習したプロのダンサーより
なぜ
ギリギリの子供たちのほうが目を奪われたんやろう?」
とあとから考えてみて
振り返ってみると
プロのダンサーたちは
「決まった振付けを間違えず、ちゃんと見てもらおう」ていうのが透けて見えるのに対して
ライオンの子供たちは
「ダンスが楽しくて仕方なくて、思いっきり踊るんだ!」
っていうので一杯なのが見て取れました
この違いはなんなのか
プロのダンサーは「理屈で人の目を気にしてた」
ライオンたちは「人の目は気にせず、自分の楽しいという感情のみに身を委ねた」
この違いが
僕の目に
「やらしくてつまんない」
と
「すげぇ!ずっと見てたい!」
と感じさせたのだと思います
これはなにもエンターテイメントに限らず
人生においての「人間関係」に通じることだと確信しています
教室でも
「ありがとうを届ける」稽古をするのですが
「うまくできてるかなー?」では
何時まで経ってもできません
「なにがなんでも、この人にありがとうを届けるだぁー!!」
って全力やると
段々二人の空間が濃密になっていくのがわかってきます
その状態が
やっと人と人とが関係している状態であり
そこからが「人間関係」という話しになっていきます
更にその上で
相手との距離を感覚で取ったり
相手のしたいことを好きようにさせて往なしたり
相手と1つになったり
していくのが
「武道」としても
「日常生活」としても
大事な普遍性のある「人間関係」だと思います
達人たちの言葉を紹介すると
塩田剛三宗家いわく
「自分を殺しにきた人間と友達になるのが最強の技です」
初見宗家いわく
「人と人が付き合うとは、刀と刀の先端が突き合うような距離で接することが大事です、
付き合うとは突き合うです」
僕の師いわく
「山下ぁー、八方美人ちゃうでぇー、
俺なんか360度美人やでぇー」
と様々な達人の言葉からも
「人間関係」を学ばせてもらいました
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