「変化できる自分を作る」

30年ほど前、「バブル景気」というお金が泡の様に湧いている時代があった


「昭和」の時代に日本は「焼夷弾」などの空襲、しまいには2発の「原子力爆弾」を落とされ、文字通りの焼け野原の敗戦となった


その焼け野原の食べ物も、住む家も、何も無いところから、当時の諦めなかった先輩方が死に物狂いで働いて経済復興をした


その、何も無いところから

道路を通し

建物を建て

色んなものを製造し

冷蔵庫、テレビ、車といった贅沢品をみんなが買えるようになったことから、お金が行き渡るようになり「バブル景気」となった


「経済復興」の功労者である、現在80才以上のおじいちゃん達が焼け野原で汗水垂らしていた若い頃

「子や孫が自分たちみたいに苦しい思いをしないよう、頑張らないと!!」

と純粋な気持ちで働いていた人が多かったと、ご年配の方から苦労話しを聞くことがある


そして、その戦後を生き抜いた人たちの更に子供世代

今60歳前後の方々がちょうど社会に出る2、30代の青年だった頃

「バブル景気」のど真ん中で、苦しい思いもせず、大金を簡単に得て、浮かれてた方が多くいたらしい


この世代の人達と喋ると、ほとんど苦労せず、社会を知らない様子なのに、傲慢な方が多い


この世代の方々と喋ると

「自分たちの若い頃はもっと豪快に遊んでた」や「店を出せば勝手儲かっていた」とか、自慢話しよく聞く


そして更にその世代の次の世代

40代前後の僕ら世代

「バブル景気」が終わって、お金も、仕事も無いいわゆる「氷河期世代」の人らと喋ると、腐ってるヤツもいるが、行動力のある連中は厳しい中にも優しさを感じる人間が多い


偏見かもしれないが

「戦後の方」→「バブル時代の方」→「氷河期世代」が

「苦労して皆のためにガンバル世代」→「楽しんで自分の利益を考える世代」→「苦労して皆のためにガンバル世代」

の感覚がある


この感覚、僕が中学生の頃にいた柔道部でも感じた


僕が中学一年生の時の三年生の先輩は、とても優しく後輩思いだった


その三年生に優しくされた二年生が三年生になった時、優しく甘やかされたことで傲慢になり後輩に威張り散らす三年生になっていた


それが嫌だった僕らが三年生になった時、後輩を大事にした


そして、更にその感覚は国家レベルでもあるように感じる


よく「日本はもう終わってる」と語る人がいる

その言っていることもよく分かるが、だからと言ってそいつ自身が自分の人生を諦めるのは、怠けてるだけだと思う


国家レベルでも

「良い時代」→「悪い時代」→「良い時代」と歴史を見てもその時代では想像できない、変化が続いていくのが分かる


「人」も「国」も「環境」も、どんなものでもずっと「変化」していく


それに合わせて変化できない「頭の硬い」思い込み人間だけが、愚痴を吐いている



「コロナで外出できずに生活が苦しくなった」と嘆く人が、何か新しい取り組みをしたかと言うと、そういう人はほぼ何もしていない


「外に出られない!」の考え方の角度を変えて「家にずっといられる」と考えれば

「じゃあ、家で勉強して資格を取ってキャリアアップするなり、SNSで知名度あげてビジネスしよう」と色々やれることは見つかる


「変化」というのは、自分の思い通りにならないのが当然で

その「変化」に「臨機応変」に自分が柔軟に変化していくことに「頭脳」を使わないといけない


そして、自分の知らない自分に化けるつもりで、情報を集めて、未知のことほど踏み出していかないといけない


それが、出来ないのは単なる怠けで、「そら人生苦しくなるわ!」って話でした





 




武ノ風 BUNOKAZE

衰えない身体作りとしても学べる護身術教室です。

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