「大阪でのスタート」

福岡もめっきり寒くなり冬らしくなってきた

寒くなると思い出すことがある


僕が19歳の時

雪もコンコンと降る寒い頃

1人、福岡を出て大阪に行った


大阪で右も左も分からない頃

福岡で教えてもらった日雇い労働者が寝泊まりする共同宿泊の簡易宿「ポタラ」に最初3ヶ月ほどいた


その宿は「今里新地」というあまり知られていない

在日朝鮮人の地域にあり


辺り1面、ハングル文字の看板が立ち並ぶ、雰囲気も殺伐とした場所で

「ここで揉めたら在日の集団に囲まれるから気を付けてね」と最初に釘を刺されるような場所だった


ここに集まる人間も正直ロクでもない人間が集まっており

週に1~2回誰かが新聞紙にくるんだ大麻を持ってきてわ、タバコのようにして吸い

ハイになったまま車を暴走させ街に連れていかれたこともあった


一応、誤解のないよう言っておきますが

この時、僕は大麻を吸っていなければ

今まで一度も大麻やシンナー、覚醒剤に手を出した事が無く

小学生の5~6年生の頃のタバコ以外、今まで変なもの吸ったことはないのでご安心を



それは置いといて

数日おきに、日雇い労働者斡旋のオッサンが来ると


「明日から1週間、淡路島で発破の仕事あるけど、来る人いる?」てな感じで色んな仕事の斡旋があった


その斡旋で淡路島に「発破」の仕事を1週間やった


仕事内容は

背中のリュックに銀色のダイナマイトを背負って、山の斜面を登りながら、ダイナマイトを地面に何本も突き刺していき、最後に爆破させるのだが


背中で爆破すると死んでしまうという危険な仕事だった


だが宿は素晴らしく

淡路島の旅館で、温泉あり、ご飯も毎日刺し身だのすき焼きだの豪勢で満足していた


ただ、1つ鬱陶しかったのが、同じ部屋に4人ずつ割り振られていたのだが

一緒の部屋になった1人のイカツイオッサンが実は同性愛者だったらしく、僕に好意を寄せていた


ただ楽しく話すのは良かったのだが

だんだん、距離感が近くなり

最後は僕が怒り、オッサンは怯え終わった


そんな生活にウンザリし

自分の部屋を借りようとしたが、無職でなかなか部屋は見付からない


かといって、仕事しようにも定住地が無いので、なかなか仕事は見付からない


そんなドツボの中

小さなレストランの皿洗いのバイトが安い給料で雇ってくれたので、そこでなんとかお金を貯め、仕事もそこのバイトで部屋を借りることができた


そして、大阪では破格の「家賃14000円」のボロアパートでやっと1人暮らしをスタートすることができた


トイレ共同風呂無しの、夏は暑くて、冬は寒い、住人もカルト宗教のオッサン、ヤクザ崩れ、ジャンキーなどお化け屋敷のようだったが


「こっから、一花咲かせたるぞ!!」と燃えていたので、なにも気にならず楽しかった


そんな、大阪でのスタートを寒い季節になると思い出す













武ノ風 BUNOKAZE

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